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大阪地方裁判所 昭和61年(ワ)8071号 判決

原告

青木忠夫

右訴訟代理人弁護士

松葉知幸

被告

松下電器産業株式会社

右代表者代表取締役

谷井昭雄

右訴訟代理人弁護士

松本正一

前田利明

原井龍一郎

矢代勝

占部彰宏

森口悦克

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一申立

一  原告

1  被告が昭和六一年六月三日原告に対しなした懲戒解雇が無効であることを確認する。

2  被告は原告に対し五三八万四六〇八円及びこれに対する同年九月一二日から完済まで年五分の割合による金員並びに同月以降毎月二五日限り一か月九一万二四四〇円を支払え。

3  訴訟費用は被告の負担とする。

4  2につき仮執行宣言

二  被告

主文と同旨

第二主張

一  原告の請求原因

1  原、被告間の雇用関係

原告は昭和二六年四月高校卒業後被告に入社、同四四年松下寿電子工業株式会社(以下、松下寿という)に出向、同四七年同社脇町工場長に就任、その後一旦被告に復帰し、同五一年二月松下電子部品株式会社(以下、松下電子という)に出向、同五三年七月同社開発本部技術四部長、同五四年一一月同社作州工場長、同五八年二月同社磁気テープ事業部取締役事業部長を歴任、同六一年二月同社が被告に統合されたため被告に復帰し、以後、被告磁気記録事業部事業部次長として稼働していた。

2  被告による解雇の意思表示

被告は同六一年六月三日原告に対し、別紙記載被告就業規則九〇条一項四号に該当するとして懲戒解雇(以下、本件解雇という)する旨の意思表示をした。

3  本件解雇の無効原因

(1) 原告に前記就業規則所定の懲戒解雇事由はない。

(2) 本件解雇は別紙記載被告就業規則九一条所定の手続によっていない。

(3) 本件解雇は労働基準法二〇条一項、三項(一九条三項)に違反する。

(4) 本件解雇は後記三の事情に照らし権利の濫用である。

4  原告の賃金と未払賃金

原告の同六一年五月における賃金(本給、諸手当)は一か月九一万二四四〇円であるが、原告は同年六月分賃金を五五万九七二八円減額され、同年七月分以降賃金の支払を受けていない。

5  慰謝料

原告は被告の行った本件解雇及び本件解雇に至る原告の人権を無視した事実調査(警察における被疑者の取調と同様であった)等一連の行為により慰謝料三〇〇万円相当の精神的損害を受けた。

6  よって、原告は被告に対し、本件解雇が無効であることの確認(雇用契約上の地位確認)、同六一年八月までの未払賃金及び慰謝料とこれらに対する訴状送達の日の翌日から完済まで年五分の割合による遅延損害金並びに同年九月以降の賃金の支払を求める。

二  被告の認否と抗弁

1  認否

請求原因1は認める。同2は認める(但し、被告は別紙記載被告就業規則九〇条一項四号、七号、一〇号により本件解雇をした)。同3は否認、同4は認め、同5は否認する。

2  抗弁(本件解雇の正当性)

(1) 解雇事由(被告就業規則九〇条一項四号、七号、一〇号該当事由)

イ 原告は松下寿に出向していた当時松村藤雄と昵懇になり、同四七年同社脇町工場長に就任するや同人が代表者である山川和久電子株式会社(以下、山川電子という)に同工場のテレビ用チューナーの組立作業を発注し、同四九年七月被告可変抵抗器事業部可変抵抗器工場長代理(工場長は空席)に就任するや同人経営の未だ株式会社として発足前の清和エレクトロニクスに対し同工場の仕事を発注する等、原告は松村に対し業務上格別の利を図り、公私共に癒着していた。

松村が事実上主宰する株式会社清和エレクトロニクス(以下、清和という)は同五〇年九月二二日設立された。

ロ 松下電子は被告の電子部品製造部門が分離、独立するため、被告が全額出資して設立した会社である。原告は同社に出向後同五三年七月開発本部技術四部長に就任して以来磁気テープの開発及び生産に従事していた。同社作州工場は同五四年一一月から磁気テープの生産を始めることになり、約一年前から新設する機械設備等の機種選定を行っていた。ビデオテープのカセットケース製造用射出成型機の選定については、同社開発本部技術四部及び松下電器生産技術研究所が個別に検討しており、技術四部は日精樹脂工業株式会社(以下、日精樹脂という)の他住友重機械工業株式会社(以下、住友という)、三菱重工業株式会社(以下、三菱という)等から見積書を徴し比較検討していた。

ハ このような中、原告は同五四年初め松村を伴い大阪市南区の料亭において、日精樹脂大阪営業所長及び担当課長に対し、同社において松下電子作州工場へ射出成型機の納入を希望するなら、清和を代理店とし納入代金の一部を手数料(バックリベート)として同社に支払うよう申入れた。日精樹脂は原告の要求を容れても採算がとれることを計算し、松下電子との大型取引を獲得するためこれを応諾した。

ニ 生産技術研究所は住友製成型機を推し、原告を中心とする技術四部は日精樹脂製成型機を推す(但し、反対意見もあった)ところであったが、原告は同五四年八月に至り担当事業部門の長たる責任において日精樹脂の成型機を採用することに決し、社内手続を進めた。

ホ 原告は同年一一月松下電子作州工場長に、同五七年一一月同社磁気テープ事業部長に就任し、同工場における人事、経理、生産等の業務を統括し、機械設備の新・増設、資材や下請の発注等の決定権限を有するに至った。

ヘ 松下電子作州工場は同五四年一〇月一日から同五八年九月三〇日まで日精樹脂から合計九億一六四一万円(同五四年一〇月一日から同五五年九月三〇日まで一億三九八九万円、同年一〇月一日から同五六年九月三〇日まで四億九〇七五万円、同年一〇月一日から同五七年九月三〇日まで二億三五六三万円、同年一〇月一日から同五八年九月三〇日まで五〇一四万円)相当の成型機を購入し、同社は同期間清和に対し合計七三五八万七〇〇〇円(同五四年一〇月一日から同五五年九月三〇日まで一〇六七万二〇〇〇円、同年一〇月一日から同五六年九月三〇日まで四〇八一万四〇〇〇円、同年一〇月一日から同五七年九月三〇日まで一九三七万円、同年一〇月一日から同五八年九月三〇日まで二七三万一〇〇〇円)の手数料名義のバックリベートを支払った。

日精樹脂は清和との間で、手数料率、支払方法等を定めた取引基本契約を結んでいるが、松下電子と日精樹脂間の成型機売買は直接取引であり、清和は何ら関与していないから、清和が右手数料を収受すべき理由は全くない。

ト 原告と松村は右同様の方法により、清和に対し、甲子園ライト工業株式会社(以下、甲子園という)をして同社と松下電子間のストッカー成型品及びビデオテープカセットケースの売買に関し同五六年八月から同六〇年一〇月まで合計一億三六七一万三一三円の手数料名義のバックリベートを、又、大洋電子工業株式会社(以下、大洋という)をして同社と松下電子間のスリッターシャフト、ハブホルダー等の売買に関し同五六年三月から同年九月まで合計一四〇万九〇四五円の手数料名義のバックリベートを支払わせた。

清和において右手数料を収受すべき理由のないことは日精樹脂の場合と同様である。

チ 松下電子が日精樹脂、甲子園及び大洋に支払った取引代金は右バックリベート分が加算された不当な価格であった。

リ 原告は同五七年頃以降松村から毎月三〇万円を収受していたが、その余の右バックリベートが原告、松村間で如何に分配されたかは不明である。

ヌ 原告は、右のとおり、松下電子に出向していた際、職務に関し不正行為を働き、同社に対し少なくとも右バックリベート相当額の損害を与えると共に同社の名誉、信用を著しく失墜させた。

原告の行為は被告就業規則九〇条一項四号、七号、一〇号に該当する。

(2) 就業規則所定の解雇手続

被告は被告就業規則九一条、人事関係決裁基準7表彰・懲戒に関する事項(社長制定、昭和五九年一一月二一日改訂実施、以下、基準という)に基づき本件解雇をした。原告は被告副理事にしていわゆる非組合員であるから、懲戒解雇の準拠規程は基準の他にはない。

(3) 労働基準法二〇条関係

イ 被告は本件解雇に当たり同条所定の手続を履践していないが、本件解雇は原告の責に帰すべき事由によってなされたのであるから、右は本件解雇の効力に消長を来さない。

ロ 仮にそうでないとしても、被告は同六一年八月四日原告に対し解雇予告手当金九二万二六九二円を履行提供した。

(4) 本件解雇の相当性

原告の被告における地位、経歴と前記不正行為を対照すると、本件解雇は被告の有する解雇権(人事裁量権)の範囲を逸脱せず、有効である。

3  よって、原告の本訴請求は理由がない。

三  原告の認否と反論

1(1)  抗弁(1)イのうち原告が松村と癒着し、業務上の便宜を与えたことは否認、同ロは認める。同ハ、同ニのうち原告が単独且つ専権により機種決定したこと、同ホのうち原告の職務権限は否認、同ヘは不知、同トのうち原告に関する部分は否認、その余は不知、同チ、リ、ヌは否認する。

(2)  松下電子作州工場における成型機の選定は、松下電器生産技術研究所において日精樹脂その他二社が提出した見積書を審査検討し、その報告を受けた松下電子開発本部技術四部が決裁書類を作成し、同管理本部経理部長、同経営企画室経理担当取締役、同管理本部長(専務取締役)、同社長の各決裁を経てなされたのであって、同技術四部長たる原告の恣意が入る余地は全くなかった。又、日精樹脂の納入した成型機の品質及び単価は他社製品に比べ最も優れていたうえ、同社の技術陣は松下電子作州工場の操業に関しても貢献しており、松下電子は同社の成型機を選定したことによって何らの損害をも受けていない。

(3)  被告は出所不明の投書と風評を基に杜撰な事実調査によって原告に不正行為があったと断定した。原告は本件解雇に先立ち、被告の顧問弁護士による事実調査をうけた際、松村から金銭を収受した如き虚偽の陳述をしたが、右は原告の被告や家族を思う心情につけ込んだ誤導、強要によるものである。被告は原告を刑事告訴したが、不起訴処分に終わっている。

2  抗弁(2)は争う。基準は被告における決裁処理の内部運営基準を定めた人事担当課長用規程にすぎず、被告就業規則九一条所定の懲戒規程ではない。

3  抗弁(3)、(4)は争う。

4  本件解雇は前記のとおり、解雇事由を欠き、且、労働基準法及び就業規則に違反しているから無効である。原告が本件解雇に付された事実は被告内部はもとより被告の関連会社や取引先に広まり、被告が原告を刑事告訴した事実は新聞報道され、多衆の知るところとなった。そのため、原告は長年の努力によって築いた社会的地位と信用を一挙に失い、原告自身は言うに及ばず、原告の家族も有形無形を問わず多大の損害を受け続けている。

第三証拠(略)

理由

一  請求原因1、2の事実(但し、解雇事由を除く)は当事者間に争いがない。

二  本件解雇の正当性について判断する。

1  解雇事由

(1)  当事者間に争いのない請求原因1の事実、(証拠略)を総合すると次の事実が認められ、次記認定に反する原告の供述は前記その余の各証拠と対比して信用することができず、他にこれを覆すに足る証拠はない。

〈1〉 原告は昭和四四年松下寿に出向、同四七年同社脇町工場長に就任、同四九年七月被告に復帰し、可変抵抗器事業部可変抵抗器工場工場長代理(工場長は空席)に就任、同五一年二月松下電子に出向、同五三年七月同社開発本部技術四部長、同五四年一一月同社作州工場長、同五七年一一月同社磁気テープ事業部長、同五八年二月同事業部取締役事業部長を歴任し、同六一年二月被告に復帰(松下電子磁気テープ事業部が被告磁気記録事業部に改変された)した。松下寿及び松下電子は何れも被告傘下の子会社であるが、とりわけ松下電子は被告が全額出資して設立した、実質上、被告の一事業部門たる存在であり、原告は同社に在籍出向していた。

〈2〉 原告は松下寿に出向していた同四六年頃山川電子の代表者松村藤雄と親しくなり、同四七年松下寿脇町工場長に就任するや同工場のテレビ用チューナーの組立作業を山川電子に発注し、被告に復帰した後同五〇年可変抵抗器事業部可変抵抗器工場工場長代理であったのを機に同工場で扱うヴォリューム等を未だ松村の個人企業である清和エレクトロニクスに発注する等原告と松村は公私共に極めて密接な関係にあった。

清和は同五〇年九月設立されたが、松村が実質上の経営者であることに変わりはなかった。

〈3〉 原告は松下電子に出向後開発本部技術四部長として磁気テープの開発及び生産に従事していた。同社は同五四年一一月から作州工場において磁気テープの生産を始めることになり、約一年前から原告ら技術四部が中心となって新設する機械設備の選定に当たっており、ビデオテープのカセットケース製造用射出成型機については日精樹脂、住友、三菱等から見積書を徴し検討していた。日精樹脂は樹脂成型機の専門メーカーであり、同五二、三年頃から被告掃除機事業部門等と取引を行っていたが、住友、三菱等に比べ知名度が低いため、同社大阪営業所長は原告との接触を計り、自社製品の売込に力を入れていた。

技術四部とは別に松下電器生産技術研究所も採用機種の検討を行っていた。

〈4〉 このような中、原告は同五三年末或いは翌五四年初め松村と共に大阪市南区の料亭において、日精樹脂大阪営業所長及び担当課長に対し、同社において作州工場へ成型機の納入を希望するなら、清和を代理店とし納入代金の一部を手数料(バックリベート)として同社に支払うよう申入れた。日精樹脂は原告らの要求を容れても松下電子との大型取引は充分採算がとれると判断し、これに応じた。

〈5〉 原告が中心となる技術四部は価格の点で日精樹脂製成型機を、生産技術研究所は性能の点で住友製成型機を推したため、再三意見調整が行われたが、結局、現場の長たる原告が強力に推す日精樹脂製成型機を採用することに決し、同年八月同成型機購入についての社内決裁がなされた。

〈6〉 原告は同年一一月松下電子作州工場長に、同五七年一一月同社磁気テープ事業部長に就任し、同工場における人事、経理、生産等に関し広範囲な権限を持つに至った。

〈7〉 かくて、松下電子作州工場は日精樹脂と取引を開始し、同社から同五四年一〇月一日から同五八年九月三〇日まで合計九億一六四一万円(同五四年一〇月一日から同五五年九月三〇日まで一億三九八九万円、同年一〇月一日から同五六年九月三〇日まで四億九〇七五万円、同年一〇月一日から同五七年九月三〇日まで二億三五六三万円、同年一〇月一日から同五八年九月三〇日まで五〇一四万円)相当の成型機七一台を購入した。

〈8〉 日精樹脂は松下電子作州工場と取引を開始するのと相前後して清和との間で、手数料率及び支払方法等を定めた取引基本契約を締結し、右同期間清和に対し同社算定に係る手数料名義のバックリベート合計七三五八万七〇〇〇円(同五四年一〇月一日から同五五年九月三〇日まで一〇六七万二〇〇〇円、同年一〇月一日から同五六年九月三〇日まで四〇八一万四〇〇〇円、同年一〇月一日から同五七年九月三〇日まで一九三七万円、同年一〇月一日から同五八年九月三〇日まで二七三万一〇〇〇円)を支払った。

しかし、松下電子と日精樹脂間の成型機売買は直接取引であり、如何なる意味においても、清和が右取引の手数料を徴する理由はなかった。

〈9〉 原告と松村は、日精樹脂の場合と同様、甲子園及び大洋の代表者らに働き掛け、両社をして清和に対し、甲子園において同五六年八月から同六〇年一〇月まで同社と松下電子間のストッカー成型品及びビデオテープカセットケースの売買に関し合計一億三六七一万三一三円の、又、大洋において同五六年三月から同年九月まで同社と松下電子間のスリッターシャフト、ハブホルダー等の売買に関し合計一四〇万九〇四五円の手数料名義のバックリベートを支払わしめた。

清和において右各取引の手数料を収受すべき理由のないことは日清樹脂の場合と同様である。

〈10〉 日精樹脂、甲子園及び大洋が清和に支払ったバックリベートは松下電子との取引代金に一部加算されており、日精樹脂ら三社が自らの損失のみにおいて負担したものではない。

〈11〉 原告は同五七年頃以降松村から毎月三〇万円前後の金員を収受していた。

〈12〉 被告は前記原告と清和ないし松村の関係、清和が松下電子と日精樹脂ら三社間の取引に関しバックリベートを徴している事実等を知らなかったが、被告副理事(阿部人事担当専務取締役付)高木博男が同六一年一月中旬「事業部の現状を憂える会代表」を差出人とし、松下電子磁気テープ事業部が機械及び成型部品を購入するに際し、代金の一部が購入先から原告ら一派の者に裏金として流れ、私用に供されていること等を内容とする書簡を受取ったことを端緒として、被告本社人事部が中心となって事実調査に入ると共に顧問弁護士前田利明に原告に対する事情聴取を依頼した。同弁護士は同年四月二五、二六両日大阪市内のホテルにおいて原告から事情聴取を行ったところ、原告は、同五四年頃松村を日精樹脂大阪営業所長に紹介し、同人は同所長に対し同社製成型機の売込斡旋をしたい旨申入れていたこと、原告は同五七年頃以降松村から下請企業紹介料として毎月三〇万円の支払を受けていたこと等を認め、被告に与えた損害賠償の一部として所有する松下寿の株式一万株(当時の時価約二七〇〇万円)の提供を約した(但し、原告はこれを履行しなかった)。次いで、被告本社監査部は、社外では日精樹脂大阪営業所長代理、甲子園及び大洋各代表者から事情聴取のうえ関連資料を入手し、社内では関連部署担当者から事情聴取し、部内関係資料の検討を行った。その結果、被告は原告の前記一連の行為を確知した。そこで、被告は同年七月二八日大阪府警本部に対し、原告及び松村の行為は商法四八六条に定める特別背任罪に当たるとして告訴したが、不起訴処分に終わった。

〈13〉 被告就業規則九〇条一項四号、七号、一〇号は別紙記載のとおりである。

(2)  右認定事実によると、清和が松下電子と日精樹脂、甲子園及び大洋間の取引に関し日精樹脂ら三社から多額のバックリベートを徴していたこと、松下電子と日精樹脂ら三社は当初から直接取引を行ったのであり、清和が取引に介在したことはなく、同社がバックリベート或いは何らかの手数料を徴すべき合理的理由のなかったことは疑問の余地なく、松下電子が日精樹脂製成型機を選択したこと自体に誤りはなかったとしても、清和が合理的理由もないのに右バックリベートを徴し得たのは原告の画策によるものと認めるの他ない(原告は同五七年頃以降松村から毎月三〇万円程度の金員交付を受けたに止まり、清和或いは松村が右バックリベートを如何に処分したかは判然としないが、この事実は右説示を左右するに足りない)。

原告は、被告の行った事実調査は杜撰であったこと、被告のなした刑事告訴は不起訴処分に終わったこと等を理由に原告には何らの不正行為もなかったと主張するが、右認定事実に照らし採用できない。

前記(1)認定の諸事実並びに右説示を総合すると、原告は松下電子出向当時、職務に関し不正行為を行い、同社に経済的損害を与えたのみならず、その名誉、信用をも毀損したものであり、被告と松下電子の緊密な関係及び原告は同社に在籍出向していたことに照らすと、原告には被告就業規則九〇条一項四号、七号、一〇号に該当する事由があると認めるのが相当である。

2  解雇手続

(1)  就業規則所定の解雇手続

(証拠略)によると、被告就業規則九一条は社員に対する懲戒手続を、別紙記載のとおり、別に定める懲戒規程によるものと定めているが、いわゆる非組合員たる従業員に関して右懲戒規程はないため、被告は基準(人事担当課長用決裁処理基準規程)に則り、被告副理事にして非組合員である原告を本社決裁により本件解雇することを決し(右懲戒規程を欠くからといって懲戒処分ができない訳ではない)、原告に対し前記認定の被告就業規則九〇条一項四号、七号、一〇号に該当する事由を具体的に告げ、本件解雇の意思表示をなした(但し、解雇辞令には就業規則九〇条とのみ記載)と認められ、本件解雇手続に就業規則違反があったと認めることはできない。

(2)  労働基準法二〇条所定の手続不履行

前記認定によると、本件解雇は原告の責に帰すべき事由に基づくものと言うべきであるから、同条一項但書により同項本文の適用はなく、又、同条三項所定の手続の不履行は本件解雇の効力に消長を来さない。

(3)  したがって、その余の点について判断するまでもなく原告の主張は理由がない。

3  解雇権の濫用

前記認定に係る原告の不正行為の態様及び内容、原告の被告における経歴、地位並びに被告が被った有形、無形の損害等の事情を総合考慮すると、本件解雇が解雇権の濫用であると認めることはできない。

三  被告が本件解雇に至るまで原告に対し行った一連の事実調査が違法、不当であったと認めるに足る証拠はない。

四  よって、原告の本訴請求は理由がないから棄却することとし、民訴法八九条に従い主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 蒲原範明 裁判官土屋哲夫、同大竹昭彦は転任のため署名、押印をすることができない。裁判長裁判官 蒲原範明)

社員就業規則

第九〇条 社員が次の各号の一に該当する場合は懲戒解雇する。

4 故意又は重大な過失により業務に関し会社に損害を与えたとき

7 職務を利用して不当な金品をもらったり要求したり、もしくは饗応をうけたりして不正義を行ったとき

10 会社または会社内の個人の名誉信用を著しく毀損したとき

第九一条 懲戒の審査および決定の手続については別に定める懲戒規程による。

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